インターフェイス批評の終わり。

 このブログ、2003年ぐらいから継続して書いているのですが、そろそろ「批評」という行為に意義を感じなくなってきたので、明確に批評をやめようと思っています。
(そもそも、最近、ほとんど批評できなくなってましたし・・・。ブログのタイトルは変更しませんが・・・。)

私が批評をやめようがどうしようが、そんなことは、多くの人にとって、どうでも良い事だと重々承知しているのですが、

批評をやめて何をするか?

ということに一人でも共感していただければ、励まされると思ってログしています。

私は、今、批評をやめて、実際の製品をつくらないといけないと、思っています。
アカデミックな場所や、アートの世界から離れて、普通の世間にもどりたいと思っています。

私は、コンピューターが大好きで、もっとこうなったら良い、こういうソフトがあればいいのにとずっと思っているのですが、ただ待っているだけ、ただ批評しているだけではいっこうに嬉しくなるようなものに出会えません。

他人が作る物を期待して待つよりも、できる限り自分がコミットしたほうが後悔しないんじゃないか?そう強く思うようになりました。

googleで検索すると批評する人は山のようにいます。現実感のない無責任なオルタナティブを乱発するひとも山のようにいます。
でも、仕事に取りかかっている人は、ほとんどいないように思うのです。
実際の仕事は、とてもシンプルで、でも将来性はあるように思っています。くだらない事の積み重ねに、イノベーションがある。フレームをゼロから再構築するなんて不可能です。
その仕事は、そとから批評しても決して到達できない。

中原



インタラクション・デザイン研究会 参加の感想


 http://sigixd.org/
これに参加してきましたので、感想をまとめます。

先ず良かったことは、
「日本のインタラクションデザイン」なんていう大上段のテーマを、30そこそこの若い研究者二人が、トピックとして取り上げたこと。
これは、おそらく日本の電気電子関連企業の近年の不振に起因していると思う。彼らが、これに危機意識をもっていることは、とても良い事だと思うし、励まされた。
彼らが、公金で研究をしている研究者だという点が、評価できる。やっと彼らに届いたか、というのが私の実感。2008年に、情報処理学会などに参加している大手企業の研究者がリストラされて、アイティアに「複数」履歴書を送ってきたショックを思い出す。この危機意識を実感できない人は、その後研究者がどうなったかを、わが身のこととして考えたほうがよい。

もはや、電気電子ハードウェアは台湾、韓国などの攻勢でジリ貧だ。パッケージソフトウェアはそもそも会社がない。ネットサービスは、SNSがまだ耐えているが、Facebookの脅威はリアルになりつつある。SIはそのうちクラウドがこなれてきて、ITドカタは不要になるだろう。さらに言えば、「インタラクション・デザイン」と看板を掲げる、デザイン会社やコンサル会社は、事業でないことにも留意したい。

すくなくとも、この会の中で、主催者の坂本くん、渡邊さんが、漠然とこういう危機意識を持っているということが、同世代の私にとって一種の「励まし」になった。


悪かった点は、パネラーの人選だと思う。
個別の登壇者は、私も大好きな研究者・クリエータだ。しかし、彼らが集まったところで、すばらしいインタラクションの「製品」が世の中に出て行くとは、思えない。
参加者も、登壇者をfollowする作り手の側の人間が多かったように思えた。作り手同士が集まったところで、学びあい励ましあうことはできるが、製品にはならない。僕らが、真っ先にやらないといけないのは、ビジネス上手なパートナーを探すこと、流通チャンネルを見つけることじゃないだろうか?
TAOとかJSTとか死蔵されている成果はどうなるんだろう?もう、10年先なんてノンビリできる余裕は、企業にあるのかだろうか。
オープンソースにすれば良いという発想も、そのプログラマの糧がどこから来ているのかに注意したい。それが公金なのだとしたら、そのソフトが納税者に貢献しているかも、一瞬は考えてほしいもんだ。卒業生の進路は他人事だと言う情報系の大学教員は、一種の国賊のようなものだ。東大のエリートエンジニアが、NTTデータでドカタをしているのを聞くと、悲しくなる。

最後に余談だか、質疑応答の3番目ぐらいの質問者で、Gree社員となのる参加者が、
「『日本』のインタラクションデザインって、日本であることが重要か?僕は日本なんかにこだわらない」と、よくある質問をしていた。彼は、天才か、あるいは大バカか、どちらかでしかない。
すくなくとも冷静に考えて、外国語をマスターして、就労ビザをとって、外国の商習慣を覚える、なんていうコストを支払うなんて、凡人の私はごめんだ。
猪子さんの指摘どおり、KDDIが海外シェア90%以上のキャリアだったら、僕らは簡単に収益化できるわけで、日本の産業が強いことは、日本国民に有利なのは、小学生でも知っている事実だ。
この指摘に対して彼は、「僕個人の意見であって、会社は分かりません」と答えたけれど、彼の糧が会社から出ているのも、小学生でも知っている事実だと思う。

これはコストの問題であって、ナショナリズムの問題ではない。

中原


あえてapple製品批評(批判)

気がついたら身の回りがapple製品だらけになってきた。
個人的には信者ではないし、「appleが好き」と言いたくない天邪鬼な性格なのに。
90年代の終わりにsony製品ばかりだったのに状況がにている。


一度、現在、私がapple製品に思っていることをまとめてログしておきたいと思う。


・GameCenter API = モバゲー
・FaceTime = docomoテレビ電話
・AppStore = imode
・iAd = AdMob

こういう類比で見ると、最近の発表がかなりの部分、携帯周辺事業者(とくに日本)のビジネスを学習して遂行されているのが分かる。
しかも、キャリアでもなく、ネットサービスでもない、端末メーカー1社が川上から川下まですべて事業にしようという恐るべき計画だ。さらに、いきなりグローバルに。


これが失敗するならば、やっぱりねっといって冷笑すればいいのだけど、
成功するんだったら、国内の携帯電話産業が培ってきたビジネスはいったいなんだったのだろうか。
技術のみならず、優れたビジネススキームをも作っていたのに、結局世界にはでれなかったということになる。外に売れるものがなければ、私は貧しくなる一方かもしれない。


日本国内のベンチャーが、最終的に海外のプラットフォームで小銭を稼ぐだけの存在になってしまったら、本当にダメなんじゃないかと思う。(とはいえ、小銭の魅力は毒のように蝕む)

ファンになったらダメだ。
何か打ち負かすような優れた製品をつくったり、それに貢献するような大きな仕事ができないとダメだ。自ら進んでAppStoreのone of themになりにいってどうするんだ。


中原


鳩山政権についての関心事

鳩山首相が辞任するそうなので、私にとっての関心事をログしておきます。

私にとって関心があったことは、

・財政健全化
・増税議論

でした。そしてあまり関心のなかったことは、

・普天間問題
・政治と金の問題
 
でした。
そして、支持率低下と辞任の原因とされるのが、
あまり関心のなかった2点であることが残念です。普天間の問題は、重要な点がどこにあるのか、よく分かりません。アメリカの軍事力に頼る限り、もはや諦めるしかないような問題に思います。沖縄の人の反応は当たり前ですが、どこに基地をおいても反対は起こるでしょう。
この問題で、何故、「国民全体」の支持率が低下するのか、理解できない。移設議論の前に国防予算を増やすと選挙に勝てないだろうし。普天間の問題は、今の国民の政治意識では解決できないんじゃないだろうか。

2番目の問題、政治と金。これは、政治家個人が数億円不正しようが、国政に関係あるんだろうか?もちろん、こういう金の問題が、公共事業での投資効率の低下に関係しているとは思います。しかし公共事業の投資効率低下は、根本的に予算配分を見直して、献金を失効するのが最初の手ように思います。
政治家の集金を非難すると当時に、その便宜をはかっている人々の性質に注目したほうが、賢明だと思います。お金を都合しているのが、成長産業の人々だったらまだ幸いだと。

一方、結局、財政健全化と増税はどうなるのだろう。
もはや、状況は絶望的に見える。税収が極端に落ちているのに、国債発行は減らない。
選挙に勝つためのバラマキを実施しながら、すこしは国債をへらしたことは評価すべきのように思う。しかしながら、やはり、増税については、明確な筋道をつけることはできなかった。もう、増税+インフレという痛みを引き受けてしか財政健全化はありえないように思うが、それを論点にできる政治家はいるのだろうか。

4人連続して首相が早期に退陣するのを見ると、問題は、もはや政治家個人にあるように思えない。「国民」の支持率の変化が、感情的すぎると思うのは、私だけだろうか。

一度、腰を落ち着けて政策を議論したい。
私は、政治家でもなんでもないけれども、それが今の政治空白状態を解決するように思う。
「結局みんなはどんな仕組みがよいのか?」を政治家だけでなく、個人間でもっと議論しておけば、感情的な支持率の変化は少なくなるんじゃないか。

「政治の話はちょっと・・・」と日常生活の中で煙たがられることが多いけど、
もう、本当にヤバいんじゃないかと思います。
海外移住なんて、現実には簡単でないし、そんな夢を見るよりも、
政治を監視した方が、リターンが多いように思います。







東京都青少年の健全な育成に関する条例改正案 質問回答集


 http://www.metro.tokyo.jp/INET/OSHIRASE/2010/04/20k4q500.htm

質問と回答が掲載されている。
必要なのかもしれないけど、あまり共感しない内容だった。
やっぱり、私は反対。改正して規制を拡大しないで欲しい。

意義はともかくとして、
役人が口を出すことじゃないと思うし、
そこで税金を使わなくてもいいんじゃないかと思う。
よけいな世話だし、第三者機関にわたるコストがムダ。


そもそも、「子供」に対する倫理観と期待が、私とはずれている。
以下、引用。

--
例えば、体つきが、まだ十分に成熟していない小学生と大人との性交シーンが描かれていても、そのような描写があるだけでは「著しく性的感情が刺激される」とは言えません。
しかし、子供が大人との性交を喜んで受け入れているような漫画などを、実際に子供が読んだ時、「このようなことは楽しいことなんだ」「自分もこのようなことをやってもいいのだ」と、誤った考えを持ってしまう可能性があります。
--

こんな誤った考え持つかな?子供って、そんなにバカなの?
個人的な思い出だと、小学生女子でも、いやらしい先生を避けてたように思うけど。。

子供を子供あつかいすると、いつまでも子供でいるんじゃなかろうか。

他人が死ぬところを見ると、自分が生きたいと思うし、
変質者がいるから、警戒できるようになる。
fool proofも行き過ぎると問題ありませんかね?

中原



東京都青少年育成条例における「非実在青少年」


改正案がネットで話題になっている。
詳細をしらべて、必要ならば、きちんとした反対をしないといけないんじゃないだろうか・・・。

 
「非実在青少年」定義がきわめて曖昧で、下手をすれば性的表現すべてを規正するための論拠になりかねない。曖昧な定義は自由を阻害する。


報道されている文言をそのまま鵜呑みにして解釈すると、
この条例案における「非実在青少年」の概念を考えた人間の白痴さに愕然とする。


たとえば、源氏物語の現代解釈版のマンガを描いたとしたら、
源氏の愛人の多くは、今の年齢では未成年のだと思うのだが、、、。
暗示的なセックスシーンも出てくるし。あと谷崎潤一郎の話とか。


いわゆるロリコン漫画を有害としたい気持ちは理解できるが、弊害が多くなるような気がするし、そもそも「青少年」をバカにしすぎじゃなかろうか・・・。一時期はまっても、ロリコン漫画なんて、そのうち卒業すると信じよう。

中原

「結局かれらがひたすら望んでいることは。一つである。誰かれも苦痛を与えられないこということだ。そこで先回りして、だれにも親切をつくすというわけだ。これは臆病というものだ。たとえ「美徳」と呼ばれようと。」
ーツァラストラスとはこう言った 小さくする美徳ー




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中原淳 / Atsushi NAKAHARA
アイティア株式会社 取締役
CTO(最高技術責任者)

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