『名探偵の掟』とユーザーインタラクション


 ドラマの『名探偵の掟』を見ました。東野圭吾のメタミステリ小説をドラマ化した作品です。面白かった(?)です。

この『名探偵の掟』は、本格ミステリに繰り返し登場する表現&主題上のパターン(密室、アリバイ、ダイニングメッセージetc)を、ある種のパロディとして面白おかしく描く作品です。
で、これを見ていて、昔、友人のメディア・アーティストに「中原くん、様式すきだね。」と言われたことを思い出しました。


私の活動領域/好きな領域は、ユーザーインターフェース、情報デザイン、メディアアート、(+本格ミステリ)なのです。たしかにこれらは、ある種表現上の様式が、マンネリスムに陥りがちな分野だと思っています。(たとえばメディアアートとか、プロジェクタとコンピュータとセンサを除いたら、ほとんどの作品で貧しい観念しか残らない。。)


では、なぜこれらのフォームが、様式のドロ沼に沈みがちなのでしょうか?

私は、この理由にユーザーインタラクションへの希求が関わっているように思います。
たとえば黄金期エラリー・クイーンのオランダ靴の謎を今読むと、「読者への挑戦状」の文言が長く、まるでゲームの取り扱い説明書のように、考慮すべきでない事柄について条件が記してあります。この条件は、本格ミステリの「様式」として、今、当たり前のようになっています。しかし初見では煩雑な印象です。


つまるところ、強くユーザー・インタラクションを希求する表現では、その中の最も面白いところを体験してもらうために、ある程度ユーザーの行動範囲を誘導しますが、その誘導を文章として提示すると説明的になり魅力を失います。
そこで、過去の作品で成功した誘導(=様式、お約束)を再度応用して、スムーズにユーザーを導入することを計画するのです。

このようにして、ユーザーは、
ボタンを見たらクリックするし、カメラがあったら手を振ってくれるし、雪山の山荘では犯人は登場人物中にいると思ってくれるわけです。


しかし、やはり様式に頼っていいのは、その内実にWOWが潜んでいる場合だけ。
様式を積み上げただけの作品は、うまく行ってもマニア受けするパロディにしかならないように思うのです。

なかはら



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